今日はガーナ共和国の独立記念日です。

今から62年前の今日、1957年3月6日、ガーナ共和国は当時の宗主国であったイギリスから独立しました。

独立を指導したクワメ・ンクルマは、非暴力不服従を掲げ、当時の宗主国であったイギリスと粘り強く交渉し、1957年に独立を勝ち取りました。

その後、クワメ・ンクルマは、ガーナの初代大統領となります。

ガーナの独立は、イギリス連邦の最初の独立黒人国家として、他のアフリカ植民地に独立の希望を与え、1960年に次々に起こるアフリカ諸国の独立につながっていきます。

ガーナはクワメ・ンクルマの存在により、サブサハラアフリカの中ではいち早く独立を果たした国の一つでもあり、主導的な国でもあります。

ちなみに、欧米列強に植民地化される以前、アフリカ大陸にはガーナ王国という、サハラ越えの金と岩塩等の中継地として繁栄した黒人王国がありました。

400年とも800年とも言われる繁栄時代を誇り、資源や物資が豊富であったわけではなく、それらの中継地としての利益を享受し支配していたようです。

現代で捉えると、近隣諸国のハブとしても栄えている香港やシンガポール、ドバイのような感じでしょうか。

ただ、古代のガーナ王国は現在のガーナとは関係が無く、位置もニジェール川の上流域(現在のマリとモーリタニアの国境地帯)にあったとされています。

ンクルマが独立を達成したとき、その新国家をガーナ共和国と名付けたのは、古代ガーナ王国の繁栄にあやかりたいという気持ちからだったようですね。

ガーナの国旗については、エチオピアの国旗を模しています。

これはエチオピアが、アフリカ最古の独立国および現存する世界最古の独立国の一つであるということから、ガーナのこれからの強い独立心を鼓舞する目的もあったのだと思います。

ちなみにガーナが独立を果たして以降、独立を勝ち取っていったアフリカの国々の多くは、ガーナと同様、エチオピアの国旗を模しているものが多いです。

このことから考えると、アフリカにおけるエチオピアの存在は、アジアにおける日本の存在と近いのかも知れません。

日本の歴史は、神武天皇の頃から数えるとすると、約2600年ということでしょうか。

ガーナ共和国はそれに比べると62年とまだ浅いですが、アフリカの場合は国単位で見てはいけませんね。

アフリカの国々は、欧米が勝手に自己都合で線引きしただけですから、国単位より、部族の歴史で考えたほうがいいかも知れません。

ガーナの独立記念日ということで、今日はMade in Ghanaの溶けないチョコレートでも食べようかな(笑)

🍀🍀🍀🍀🍀🍀

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